2011年4月アーカイブ

「西独、フランス、英国などを回ったのですが、全体として欧州の排ガス対策は規制や管理面では大したことはなく、システムとしてはむしろ日本の方がキチンとしている、という印象でした。

すべて自動車メーカーの主導型で、日本のようにメーカーが世論に押される、という状態ではなかったように思います。

米国については、そちらを回った調査団の方から聞いたのですが、ロスはすごい、という感じでした」

「当時は、自動車メーカーは排ガス対策が遅いということで厳しく批判されました。

しかし自工会としては、遅れているメーカーに先に進んでもらい、全体として足並みをそろえるように努力していました。

そういう考え方の事例の一つとして、私は安全公害に関する特許は業界内部でお互いに公開することを理事会に提案して承認してもらいました。

具体的には実現した例はなかったようですが。

このように随分努力したつもりですが、このような態度が外部から見ると、自工会は防戦一点張りだ、というように取られたようです。

当時、メーカーの中でも排ガス規制の見通しについて明暗いろいろありました。

これは、あるシステムを実地に応用した場合に、当然ある程度のバラツキがでる。

それを控え目に見るか、前向きに見るかによって大きな違いがでてきます。

その違いによる見通しの差です」

この時代を乗り越えて、今は中古車トラックですら規制をクリアした物しか走ることはできません。

調査団の団長だった元日野自動車副社長の家本潔氏は、昭和41年から50年まで、日本自動車工業会の安全公害委員長として、安全公害問題に取り組んだ。

同氏は当時を語る。

「日本自動車工業会としては昭和40年に入ったころから安全公害問題を重視し、41年に安全公害委員会を発足、私が自工会の理事の中でただ一人の技術屋出身だったこともあって委員長をまかされました。

44年ごろ自動車の排ガスが大きな社会問題になり、自工会として海外へ調査団を派遣することになったのです。

もっとも、私たちとしては排ガス規制について、やるべき方向は大体はわかっていたのですが、世界の状況がどの程度動いているのかをよく知って対応しなければならない。

つまり一酸化炭素(CO)だ、炭化水素(HC)だ、といわれるが、海外の先進国では、環境という観点からどの方向を最優先に考えているのかをよく聞いて、最も効果のある方向に重点を置こうこれが調査団の目的でした」

現在の排ガス規制は中古トラックも対象になり、当時のように黒煙を上げて走るなんて事はありません。